横浜華僑通訊 最新2012年1月号より抜粋

目次:

バックナンバー

2012 新年のごあいさつ

県日中友好協会 「辛亥革命記念シンポ」開く

横浜華僑婦女会 古詩詞学習会開く

料理教室大盛況 「蘿白糕」作りに挑戦

華文教育の「新たな100年」を目指して 35

小紅 「子育て支援」講演会開く

8届生が古稀会を開催

華厨会所、1泊旅行で伊豆長岡へ

「辛亥革命100周年記念」 中山・広州・開平の旅楽し

要明鶴探親の旅へ  梁 愛 瓊

日本各地新老華僑団体代表
「日本新老僑領蔵区行」の旅行団に参加して(2)

茉莉花女声合唱団 VOL.4
小音楽会を開催

新・ハローワークの窓から 38

訃告


 





二〇一二年一月一日
  横浜華僑総会

会  長 謝成發
副会長 楊義誠、温耀権、
      楊文恵、余凱、朱銘江
理事監事一同  
事務局一同


龍騰盛世千家喜 春満神州萬物栄
                  熊峰題












2012 新年のごあいさつ
 横浜華僑総会 会長 謝 成 發

 2012年、明けましておめでとうございます。
 会長任期を満了した任政光前会長の後任として昨年7月に会長に就任し、はやいもので半年が過ぎました。理事監事はじめ会員の皆さまに支えられて順調に任務を遂行できることに感謝申し上げます。
 辰年の本年は、「龍的伝人,炎黄子孫」を自負する華裔にとって、例年にも増して新しい年を迎える喜びがこみ上げてきます。
 1972年9月29日、中日国交正常化をめざし、中華人民共和国周恩来国務院総理・姫鵬飛外交部部長と日本国田中角栄内閣総理大臣・大平正芳外務大臣が北京で「中日共同声明」に署名した日から40年目の記念すべき年を迎えました。
 この間に両国指導者の相互訪問をはじめ、経済・学術・芸術・スポーツ・青少年など多岐にわたる分野で中日友好交流の太いパイプが築かれたことをうれしく思います。
 中日国交正常化40周年を記念して今年はさまざまな企画が各界で計画されています。
 日本側は外務省を中心に40周年記念事業のための実行委員会を発足させ、青少年、地方間、文化・スポーツ、草の根、観光、経済、それぞれの分野での交流や被災地支援に重点を置いて動き出しました。中国側も昨年11月に胡錦濤国家主席がハワイで野田佳彦総理と会談したおり、「共に中日国交正常化40周年を迎えることは時のめぐり合わせで両国の関係改善のきっかけに大きな力となる。」と表明しました。
 新年1月2日から東京国立博物館を会場に「北京故宮博物院200選」が開催されるのを皮切りに、記念映画「明日に架ける愛」の初春公開、現代中国を代表する著名書画家100人が参加する「中国第1回著名書画家100人日本友好の旅」などが計画されています。
 横浜華僑総会も今年は例年に増して神奈川県、横浜市、また県下の民間組織が行う記念行事に積極的に協力し、会員と一丸となり中日友好の深化に向け尽力してまいります。
 国交正常化の年に約5万人であった在日中国人の数は約70万人に増え、その内5万6千人(10年末の在日中国人登録者数)が神奈川県下に居住しています。
 新華僑華人の増加により横浜中華街を取り巻く環境もこの40年で大きく変わりました。この街には、次世代の教育を担う保育園・幼稚園・中華学校や、出身地ごとの同郷会や職域団体・新華僑華人団体、婦人団体、また街の活性化や街づくりに尽力する横浜中華街発展会協同組合・横浜中華街「街づくり」団体連合協議会、商店の税務アドバイザー華僑商公会、さらに祈りの場として関帝廟・媽祖廟・中華義荘があるなど、さまざまな団体が有機的に結びつき、コミュニティを形成しています。
 そのなかで横浜華僑総会は、横浜開港期から華僑が伝統としてきた「助けあいの精神」で、神奈川県下に居住あるいは就業する華僑華人とその家族のために、中国パスポート申請、相続、婚姻、出生、死亡、帰化、在留資格などの手続きを助言、支援、仲介し、また新華僑華人が日々直面する生活や法律にかかわる問題にアドバイスしてきました。さらに、中国を主にした旅行関連サービスを提供しています。
 横浜華僑総会は会長の下に5つの部を設け、5人の副会長がそれぞれを担当しています。総務部(楊文恵副会長担当)は、総務を担当し日々の業務を担う事務局を助けます。組織部(楊義誠副会長担当)は組織力を強化し華僑総会の組織をより強固にすることを目指し、財政部(余凱副会長担当)は財政の健全化に取り組んでいます。文化部(朱銘江副会長担当)は会報『横浜華僑通訊』を発行して総会活動を広報し華僑華人社会の動向を伝え、文化・スポーツ活動の振興に努め、また福利部(温耀権副会長担当)は会員へのサービス向上に取り組みます。
 私たちはよりよい華僑華人社会を築き、中日友好を促進するため、引き続き努力を重ねていきます。
 会員のみなさま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。


県日中友好協会
「辛亥革命記念シンポ」開く


 神奈川県日本中国友好協会・辛亥革命百周年記念行事神奈川県実行委員会主催、神奈川県・横浜市政策局・横浜華僑総会・神奈川新聞社など後援による「中国辛亥革命100周年記念シンポジウムinかながわ」が11月23日(金)、横浜市開港記念会館講堂で開かれた。
 開始にあたり、実行委員長である㈱テレビ神奈川の山﨑行雄代表取締役社長があいさつに立った。その後、神奈川県・横浜市・中国大使館の代表がそれぞれあいさつした。
 引き続き第1部として、「映像で見る孫文の生涯とそれを支えた人々」と題し、NHKハイビジョン特集で放映された「孫文を支えた日本人~辛亥革命と梅屋庄吉~」が上映された。
 昼の休憩を挟んで、午後からの第2部に先立ち、神奈川フィルハーモニー管弦楽団による「弦楽四重奏演奏会」が開かれた。
 午後の第2部では、「辛亥革命から100年 そしてこれからの日中関係は」と題し、中国社会科学院近代史研究所歩平所長の基調報告「辛亥革命と日本」が代読された。
 引き続き行われたパネルディスカッションでは、コーディネータに村田忠禧氏(横浜国立大学教授)があたり、パネラーに藤井昇三氏(電機通信大学名誉教授)・曽德深氏(本会顧問)・朱建栄氏(東洋学園大学教授)・小坂文乃氏(日比谷松本楼常務取締役、梅屋庄吉曾孫)を迎え、それぞれの立場から辛亥革命100周年の意義を語った。曽德深氏は自らの学生時代に暗誦した「国父遺嘱」を例に挙げ、孫中山先生の革命と横浜華僑とのかかわりについて語った。
 午後5時、神奈川県日本中国友好協会久保孝雄会長が閉会のあいさつをしてシンポジウムは終了した。


横浜華僑婦女会 古詩詞学習会開く

 横浜華僑婦女会文化部が主催する古詩詞学習会が11月19・26日(土)の午後、2日にわたり、婦女会館2階で開かれた。台風並みの雨風にかかわらず、この第1回の学習会参加申込者11名全員が出席した。
 講師に横浜山手中華学校教諭の易馨慧先生を招いた。初めに講師を紹介し、学習会はレジメに沿って進められた。今回は「愛情」をテーマに、女性詩人・詞人について学んだ。
 〈相思〉〈无题〉〈钗头凤〉などを学び、講師の易先生の心がこもった朗読に参加者は感嘆した。講師は時代の背景を紹介、朗読して詩の解釈などをプロジェクタを使って説明し、あっという間に1時間半が過ぎた。また易先生は中国語の発音に特に力を入れ、参加者は早口言葉(「绕口令」)を繰り返し練習し、中国語の奥の深さを体得し、意義深いひと時を過ごした。
 時は違っても「愛」に対する気持ちは今も昔も変わらないが、昔の人の「愛」は一途でとても深く、現代人の方が冷めやすいという感を深くした。参加者から、これからも開いてほしいという希望が出、学習会は大好評のうちに終わった。
    (婦女会文化部・潘蘭英)


横浜華僑婦女会
料理教室大盛況 「蘿白糕」作りに挑戦


 横浜華僑婦女会(繆桂馨会長)は11月30日(水)午前、第27回料理教室を会館調理室で開催しました。講師は本会の楊杏笑委員。参加者は会員・非会員合わせて32名。「蘿白糕(大根もち)」は、今は飲茶として普及し1年中食べられますが、本来大根が出盛る冬の家庭料理で、皆さんが大好きな広東料理です。
 講習はまず大根を千切りにして火を通し、手分けして切った具材を加え、「在来米粉」を混ぜ、セイロで約1時間半蒸すという工程をこなしました。楊委員の熟達した腕と丁寧な指導はさすがで、参加者多数にもかかわらず、講習はスムーズでした。
 今夏、改築を行った調理室で真剣で楽しい料理教室を体験し、昼には出来上がった大根もちと特製の五目ご飯を参加者全員で賞味しました。
 なお、婦女会では例年どおり年末の12月28日(水)午後に、蘿白糕・干し肉(臘肉)・齋などの年末食品の販売を行った。
     (婦女会福利部・李桂子)


華文教育の「新たな100年」を目指して   35
 教育懇談会で日本の教育関係者・華僑団体代表と懇談

公 告

  我学园山手町的地皮(横滨市中区山手町43−2)是1953年购入的,至今已有58年的历史。在山手校舍孕育了几代华侨子弟,那棵校园里高大的樱花树成为众多校友和家长永恒的记忆。2010年4月,我学园搬入吉滨町新校舍,山手校舍也光荣完成了自己的使命。近期,山手町的地皮已经顺利出售给菲利斯(フェリス)女学院,并于2011年11月28日正式办理完全部转让手续,相信这块地皮继续会为教育事业发挥力量。诚望各位周知。
特此公告

謹 告

 当学園の山手校舎(横浜市中区山手町43-2)は、1953年に一代目の木造二階建て校舎、1966年に二代目の鉄筋五階建て校舎が建てられ、華僑子弟の教育と中華文化の伝承の場として58年の歴史を刻んできました。この学舎から多くの華僑子弟が巣立ち、校庭にそびえるさくらの木は卒業生たちのかけがえのない思い出のひとつとなりました。
 2010年4月、石川町駅前に位置する吉浜町の新校舎への移転に伴い、山手校舎は栄えあるその使命を終えることとなりました。
 この度、新校舎建設資金に充当するため、山手の校地を隣接する(学)フェリス女学院に売却し、2011年
11月28日に引き渡しをいたしました。この校地が将来にわたり引き続き教育事業に役立てられるものと信じております。
 ここに謹んでお知らせ申し上げます。
学校法人 横浜山手中華学園    理事長 梁 慶 安  2011年12月

教育懇談会 開催される

 横浜山手中華学園(梁慶安理事長)は12月2日(金)、2011年度の教育懇談会を中華街の同発別館で盛大に開催した。
 華僑華人団体の代表、日本の教育関係者、各学校の代表、および中華学園・中華学校の関係者130余名が参加した。神奈川県教育委員会教育局指導部高校教育指導課北村公一課長・高木学園女子高等学校高木茂校長が日本の教育関係者と各学校の来賓の代表としてあいさつし、本学園梁慶安理事長が歓迎のあいさつを述べ、日本華僑華人聯合総会符易亨会長が乾杯の発声をした。
 梁慶安理事はあいさつの中で、中華学校の発展を支えてきた華僑華人に感謝し、日本の教育界に対し、中華学校に対し引き続き支持をいただくよう呼びかけた。高木学園高木校長は、自らがこの懇談会に参加するようになった経緯を述べるとともに本校を称え、教育にかかわる出席者の共感を呼んだ。
 教育懇談会は、日本の教育関係者との友好を増進し本校に対する理解を深めてもらうことを趣旨に長らく続けられ、開催することで中華学校の環境をさらによくし、卒業生の高校受験により多くの機会を与えることから、中国大使館をはじめ多くの僑団の支持を得てきた。これからもさらに多くの華僑華人や日本の学校・教育関係者に本校の教育方針と考え方、置かれた立場を理解していただき、さらなる支持を得たいと考えている。こうすることで中華学校は日本社会に立脚し、新たな発展を遂げることができる。
 宴が進み打ち解けるなか、テーブルでは懇談が進んだ。主催者が来賓を紹介し、テーブルごとにその代表者が発言すると、その発言は在席者の共感を呼んで会場内には時に朗らかな笑い声が響いた。出席者は交流しながら、相互理解と友好増進に得難い機会であると語っていた。
 閉会にあたり潘民生校長があいさつし、長期にわたり中華学校に対して多大な協力を惜しまない華僑華人団体と日本の学校・教育関係者に感謝を表し、楽しい雰囲気の中で終了した。所期の目的を達し、成功裏に終了したこの教育懇談会は、日本の教育関係者が本校の教育状況について理解を深めたといえ、本校の教育活動によりよい影響を及ぼすことだろう。
 会には、神奈川県教育委員会教育局指導部高校教育指導課北村公一課長、神奈川県県民局くらし文化部学事振興課坂本万里課長、横浜市教育委員会指導企画課今辻千佳也課長、神奈川県私立学校中学高等学校協会高木茂副理事長(高木学園女子高等学校校長)、社団法人神奈川県私立幼稚園連合会渡辺真一会長、公益財団法人東華教育文化交流財団江洋龍理事長ほか多くの来賓が出席した。
  (横浜山手中華学校)


「子育て支援」講演会開く

 横浜華僑小紅の会(陳碧蓮会長)が主催する「子育て支援」の講演会が12月7日(水)、華僑婦女会館で開かれた。在園児の祖母で食育指導活動をする田中雅子先生を長野から招き、「生きる力を育む〈食育〉」と題し、食とからだ・病気・精神が関連していることを話していただいた。
 からだも脳も食べ物からつくられる、生まれてくる赤ちゃんはお母さんが食べた物でつくられる、人のからだは60兆個の細胞から出来ていて活発に細胞分裂をしている、低体温は新陳代謝に大きな影響を及ぼすので体温が36・5℃あることが大事、食べ物で体温を上げることが出来る、などと話された。
 日本の風土・気質に合った食事をとることがからだによく、365日毎日食べてよい物は米とみそ。赤ちゃんの離乳食もお粥から始まるし、みそは発酵食品で免疫力を上げる、旬の野菜を多く取り入れ、冬はたくさんの根菜類で体を温めて健康な体づくりをしましょう、と語った。
 在園児・卒園児の保護者など23名が出席、1時間半の短い時間でしたが実りの多い話でした。
 翌朝、登園してきた保護者は、「みそ汁を作った。」など、さっそく実行していました。
     (小紅の会・佐久間愛玲)


8届生が古稀会を開催

 年も押し詰まった師走の12月7日(水)、 横浜中華学校8届校友生が横浜市中区麦田町にある奇珍で古稀会を催した。
 当日は香港などからの参加者も含めて29名が参加し、終始笑い声の絶えない大盛会となった。
 会は幹事の厳華新同学の司会の下、李智賢同学が乾杯の音頭をとり、奇珍心尽くしの山海の珍味を賞味しつつ、互いに久闊を叙(じょ)し、健康を祝して乾杯を繰り返した。
 参加者から「8届生は1940年生まれから42年生まれまでいて、まだ古稀を迎えていない者も多いので来年もまた古稀会をやろう。」という提案があり、一同大賛成。中には「この先喜寿(77歳)どころか白寿(99歳) まで祝うぞ!」と怪気炎をあげる者もいた。
 最後に繆桂馨同学(横浜華僑婦女会会長)の「来年も元気で会いましょう」という締めのあいさつがあり、1年後の再会を約して一同名残惜しく散会した。
    (中華学校8届・劉継忠)

華厨会所、1泊旅行で伊豆長岡へ

 京浜華厨会所(盧栄枬会長)は11月15(火)・16日、伊豆長岡へバスで1泊旅行に出かけた。
 まず沼津にある皇室の御用邸を見学、ここは明治時代の木造宮廷建築で、敷地は東京ドーム3倍の広さ。富士山は曇りで見えなかった。三島大社へ行くとちょうど七五三の日とあって、両親に連れられた3歳・5歳・7歳の子どもたちがきれいな着物を着、髪を結い、千歳あめの袋を下げて神主からおはらいを受けていた。
 宿について早速ヒノキの大浴場に入る。爽快(そうかい)な気分になった。宴会では当地の山海の珍味をほおばり、カラオケに興じた。カラオケでは鄧麗君の歌や中国語の歌が多かった。93歳の唐潤生さんも粤劇の一部を披露した。
 翌日は天城浄蓮の滝、わさびの里、韮山反射炉などを見学した。伊豆は近代文学に関係する川端康成・井上靖はじめ文学記念碑がたくさんあるが、回りきれなかった。
    (京浜華厨会所・梁啓成)


「辛亥革命100周年記念」 中山・広州・開平の旅楽し

 横浜出発組・国内合流組と現地参加組の合計13名(繆光祜団長)が11月16日に広東省中山市内で合流し、辛亥革命100周年記念の旅行がスタートした。宿泊先は市中心部に位置する石岐区繁華街の京華世紀酒店。
 一行はまず郷里の偉人孫中山先生のゆかりの地を訪れて、孫中山旧居、孫中山記念館(下写真)、辛亥革命記念公園、中山記念堂、黄花崗72烈士陵園などを見学し、祖国の革命と独立富強のために奮闘してやまなかった偉人の足跡をたどり、しのんだ。このほかにも、先の広州アジア競技大会開・閉幕式会場として使われた海心沙、多彩で豊富な展示を誇る広東省博物館を見学した。嶺南水郷では、花婿が渡し舟で花嫁を迎えに行くという珍しい地元の結婚習俗を再現した実演ショーを楽しく鑑賞し、開平の赤坎古鎮では、広東地方劇の屋外上演現場に遭遇し、しばしの観劇を楽しんだ。また遊覧船に乗って、中山市石岐区内を流れる岐江と、広州珠江両岸のライトアップした夢幻的なすてきな夜景をそれぞれ堪能した。17日、中山市政府は市内のホテルで宴席を設けて、一行を温かく歓迎してくれた。
 「食は広州にあり」の評判通り、中山・開平を含めて、たくさんの美食やごちそうとの出会いの旅でもありました。広州市内の大型飲茶レストランの手軽な数々の点心、世界遺産である開平市自力村の食堂の田舎料理、グルメ飲食店街の大衆料理、四つ星ホテルの和洋中バイキング料理、地元政府招待の宴席料理と目白押しで、グルメな団員たちも舌鼓を打ちっぱなしでした。
 観光スポットのハイライトは、世界遺産である開平市の「碉楼(トーチカ屋敷)」及び村落でした。
 市の郊外に展開する計1833棟もの現存する「碉楼」群は明朝後期の発祥で、海外華僑の事業成功と富のシンボルとして20世紀初期に建築ラッシュが起こり、全盛時代を迎えた。屋敷の内外に盗賊に対する自衛装置や水害防止の工夫などが凝らされていて、一見洋館風だが、教育施設も兼ねたその中洋折衷の建築様式は世界建築の中でも異彩を放つもの。水田・ハス池などがあちこちに点在し、優れた自然環境のなかで牧歌的な田園村落を形成している。その中でも馬降竜村は桃源郷を思わせるのどかな村落で、必見の観光スポットとして、僑胞のみなさんに勧めたい。
 横浜出発組は往復とも汽船「興中号」に乗って香港―中山港間を移動したので、安全快適に時間を短縮できて、4泊5日の短い行程のわりにとても充実した旅でした。特に企業経営で中山在住の横浜山手僑校校友生繆雪峰さんと陶慎友さんの全面協力のおかげで、またレベルの高い観光ガイドさんの興味深い解説のおかげで、快適で家族的な楽しい見学・観光の旅を満喫できました。
 この旅行会の企画主催は横浜中山同郷会設立準備委員会で、来年に設立大会開催を予定している同会は、今回で2度目の父祖の地訪問イベントを実施し、実績を積み上げている。同会では帰郷旅行を重点活動の1つに据えて今後も実施するので、中山出身者・郷友のみなさんの参加を切に希望している。
(横浜中山同郷会設立準備委員・ 鄭青榮)


要明鶴探親の旅へ    梁 愛 瓊
 「要明鶴探親の旅」、計25名で行ってきました。
 高明に少しずつ近づくたび胸にじんとくるものがありました。そして私は仏山市高明区人民政府の人たちに温かく迎えられ、30分ほどで親戚を見つけていただき、親切に車で向かってくださいました。
 父がこの村を離れて約70年が経ちましたが、父は夢に見た故郷に錦を飾れず1度も帰ることなく、他界しました。私が代わりになんとか行きたい、そう思いつつやっと念願がかないました。そしていとこに会え、私の気持ちを伝えました。いとこは先祖の墓に案内してくれ、線香まで用意してくれていて、私は感動のあまり、涙が止まりませんでした。父が飲んで出発した井戸水、霊亀塔の目印で出発し、帰りの道の文昌塔の目印の経緯の説明を聞き、また涙でした。こんな小さな村から、親もとを離れ単身でどんな思いで夢を持って出ていったか、1度も帰ることなく無念であっただろうと思うととてもつらい気持ちです。これからもチャンスがあればまたどんどん行きたいと思っています。
 単身で父の田舎に行く私に夏東開名誉会長が付いてきてくれ、安心して行けました。ありがとうございます。これもひとえに要明鶴同郷会幹事の皆さま、仏山市高明区人民政府のお力と思います。本当にお世話になりました。感謝しています。


日本各地新老華僑団体代表
「日本新老僑領蔵区行」の旅行団に参加して(2)
  横浜華僑総会副議長 符 順 和
   (『通訊』11年11月号より続く)

 3日目の9月21日午前は、北京経済技術開発区の「北京亦荘」。この開発区は北京の東南に位置し、2本の高速道路や鉄道、5・6環路、そして空港高速道路などの交通の要所にあり、1994年に国家級経済技術開発区として承認され、電子工学・生物工学・薬品・自動車産業など、世界が誇る先端企業がここを拠点とし発展してきたそうである。「海帰」と呼ばれる海外に留学して帰国した多くの優秀な人材が、その力を十分に発揮し、活躍している様を見聞きし、国家建設の先端技術のプロジェクトに、国が進むべき輝かしい未来が指し示されているようで、頼もしく感じた。
 この日の昼食は北京市人民政府僑務弁公室の招待宴で、北京飯店の最上階で同弁公室の厳衛群副主任・高雲超副主任、外聯処の王書義処長の歓待を受けた。北京市内の交通事情はかなり厳しく、前日に国家博物館を参観した時も、バスが天安門広場近くまで入れないなどの規制があり、思わぬ時間がかかったが、この日の昼食宴も要職にある主催者を30分以上も待たせた。
 午後はオリンピック公園にある「鳥の巣」と「水立方」の見学。北京オリンピックの開催中何度もテレビの映像で見た会場、近くで見ると感激はまたひとしお。「鳥の巣」は「広い」では表しきれないほど大きい会場である。すでに3年以上たっているのに会場は色鮮やかで、大きなスクリーンにオリンピック当時の映像が流されていた。音楽活動などに使われるのか、フィールドの隅に舞台が設営されていて、機材を運び込んでいた。
 夕食は「老舎茶館」1階の食堂で取り、そのあと階上にある「老舎茶館」―《四季北京・茶》へ。ひと時「老北京」の粋を味わう。お茶を飲みながら、ナッツや点心をつまみ、北京芸人の伝統芸能を観賞するという、何ともいえない昔懐かしい風景である。昔のよさを再認識した至福の時であった。
 北京での3日間の活動を終え、いよいよ昆明、麗江、シャングリラへの旅が始まる。
 9月22日に昆明に行き、午後には中米合資の「昆明・虹薬業有限公司」を参観した。古来より雲南省は薬材の宝庫といわれているが、漢方の薬材と西洋医学の結合は、これからの医学に大きく貢献していくにちがいないと改めて感じた。日本への進出も視野に入れているという。
 翌23日は石林と円通寺の見学。24日午前、麗江に着き、雪山雲杉坪の散策。万年雪の雪山は小雨降るあいにくの天候で姿を見ることが出来なかった。翌25日は高度4千メートルあるというシャングリラに向けてバスで移動。途中黄河七曲りの最初の曲がりの「虎跳峡」で逆巻く黄河の激流を目にする。「保衛黄河」の歌の1節「風在吼、馬在叫。黄河在咆嘯、黄河在咆嘯。」が頭に浮かび思わず口ずさむほどの激流に、中国革命の厳しさ険しさ、すさまじさを黄河の激流にたとえたことのすばらしさに感動した。
 9月26日、今回の最終目的地である蔵区―チベット族が多く住んでいる地区で、まずはチベット族の寺院松賛林寺を見学し、住民の家を見せてもらう。午後は普達措国家公園に遊ぶ。
 シャングリラに行く道すがら、建設途中の家が多いのに驚く。なんでも、チベット族の人々は、何年も時間をかけて少しずつ家を建てていくとか。チベット族の暮らしぶりや伝統をチベット族のガイドさんから聞いて、感慨深いものがあった。日本でも「異文化共生」とよくいわれるけれど、中国では55の少数民族があり、それぞれの民族の文化・伝統を受け継ぎながら、新しい時代の暮らし方、新しい文化を受け入れて行く様が見えるようで、それが現在の私たち華僑の文化・伝統の移り変わりとも重なり、複雑な思いにとらわれた。それでも言えることは、変化しつつも伝統を受け継ぎながら、チベット族の暮らしが、確実に豊かになっていることである。
 27日はいよいよお別れである。昆明まで飛行機で戻り各自帰路についた。私たち東京組はそのまま乗り継いで上海に戻り、思いもかけず森ビル104を見学させてもらうことができ、登頂記念の写真までいただいた。これも海外で活躍されている華僑華人子弟がいたからこそ。
 最後に、今回の旅行を企画、招待して中国の現在の姿を私たち華僑華人に知らしめてくださった国務院僑務弁公室初め各地の僑務弁公室に感謝申し上げるとともに、お世話いただいた方々にお礼を申し上げたい。
 日本各地の新華僑の方や新編成された華僑華人総会の方々と10日余りの時間を共に過ごし理解を深める機会を与えてくださったことに感謝しつつ、今後も中日友好の懸け橋として、華僑華人社会に貢献していきたいと思う。   (完)


茉莉花女声合唱団 VOL.4
 小音楽会を開催


 茉莉花女声合唱団(李香玳団長)は12月3日(土)午後、人形の家の「あかいくつ劇場」で小音楽会を開催した。約150席の会場は満席。
 バス・バリトンのジョン・ハオ(鍾皓)さんをゲストに迎え、指揮はジョン・ハオさんと弓田真理子さん、ピアノ伴奏は王銀鈴さんが務めた。
 音楽会はジョン・ハオさんが指揮する「回娘家」で始まり、中国の歌6曲を丁寧に繊細に披露した。その後弓田さんとジョン・ハオさんがそれぞれが独唱でオペラのアリアを、さらに2人による二重唱を披露し、会場は美しく力強い2人の歌声に包まれた。その後弓田さんの指揮で「花の街」「落葉松」など日本の曲を披露して、音楽会は終了した。
 茉莉花合唱団は中日国交正常化40周年を記念し、成立5周年記念音楽会を今年6月6日(水)、横浜みなとみらい小ホールで開催する。ゲストにコロラトゥーラソプラノの崔岩光さん、特別出演に北京から首都北京女子合唱団を迎える予定。李団長は「団員を拡大し練習を強化して、心に響く音楽会にしたい。」と抱負を述べた。

■茉莉花女声合唱団
団員を募集します。練習見学歓迎。
練習日/毎週火曜日10時~13時
会場/横浜華僑婦女会館
連絡/李080-3360-9495


新・ハローワークの窓から 38
職業紹介

 職業紹介は日本の国の事業であるが、民間事業者でも許可を得て有料職業紹介所を開業、事業を行うことができる。学校は無料職業紹介事業の届け出をすることで、生徒に職業のあっせんが出来る。
 即戦力を希望する事業所もあるが、新卒者や若年者を採用し「教育してじっくり養成する」という事業所も増えていることが労働経済白書で発表されている。※
 ハローワークは新卒応援ハローワークを設けて新卒者本人・学校と連携をとっているが、本人が自分に合う就職先を探すことも肝要だ。
 だが、前回書いたような外国籍若年者の場合は別の問題がある。今後の生活拠点、何ができるのか、何年働きたい(働ける)のか、人により条件が異なるので紹介可能な事業所が限られる。
 先日は定時制高校を卒業して正社員を希望する若者の相談中に、日本語で「10年後あなたは何歳で、何をしていたいですか」という質問をしたところ、10年後何歳かさえ答えられないゆゆしき事態に愕然とした。
 通訳が入ってもう一度尋ねると、付き添ってきていた彼の母親が、「そんなつまらないことを聞いて、ばかにしているのか」との剣幕。仕事さえ紹介してくれればいいと言う。
 日本の学校では、自分の将来を考えるという観点で「将来の夢」などの作文を書かせたりするが、この質問は彼らにとって想定外だったようだ。彼らの現状では就職に関しては将来への可能性にかけるしかないのだが、あやふやなのでは仕方がない。数件紹介したが日本語レベルで面接してくれるところはなく、書類選考の事業所も通らなかった。
 また、せっかくよい仕事を紹介できたのに、半年くらいで辞めて帰国する若者もいる。そして、またひょいと日本に戻って来て仕事探しを繰り返すのだ。その彼は20歳代前半で5~6回転職経験がある。事業所に電話で紹介すると、「その年でその転職回数なら、うちの会社でも長くは続かないだろう。」とその場ですぐ断わる事業所もあった。
 留学生と違い、自分の意志でなく親に連れられて来日した彼らには目的がないのだろうか。将来の夢や希望をかなえるためには何が必要なのか、彼らが早く気付き、よりよい人生を送れることを祈る。
※『平成22年版 労働経済白書   労働経済の分析〈要約〉―産業社 会の変化と雇用・賃金の動向』

   ハローワーク横浜    職業相談員  李 艶 薇


訃告
余鶴美女士(横浜中華学校7届生)11年12月9日米国サンフランシスコで逝去されました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。