中華人民共和国成立61周年 中日国交正常化38周年
第61届 国慶節慶祝行事 横浜華僑総会主催 スケジュール

1949年10月1日に中華人民共和国が成立し、今年は61周年にあたります。
また中日国交正常化38 周年・中日平和友好条約締結32周年にあたります。
☆ ★ ☆
9月26日(日)国慶聯歓会
●聯歓会 11時~16時
●中国民族芸能舞台
第1ステージ13時~13時45分
第2ステージ14時30分~15時15分
中華街内の山下町公園に簡易舞台を設け、その周りにテントを設置して飲食などの売店を設けます。
舞台では、校友会や山手中華学校生徒が、中国獅子舞・中国民族芸能などを披露します。
10月1日(金)慶祝宴会
12時~ (招待状が必要)
会場:ロイヤルホールヨコハマ
10月1日(金)慶祝遊行(パレード)
14時~14時40分
獅子舞の先ぶれに、中華街大通り を善隣門から山下町交番まで。
10月1日(金)慶祝獅子舞(採青) 16時~20時
中華街全域(雨天中止)
11月9日(火)中日友好ダンスパーティー PART9
18時~21時
ディナー(着席)&フリードリンク
出演:初美とレガーロ
会場:メルパルク横浜
会費:1万円
61届国慶節祝賀 準備着々と進む
61届国慶節・中日国交正常化38周年祝賀行事は、華僑総会余凱副会長が実行委員長、陳堅理事・梁瀬秀輝理事が副実行委員長を務めている。
国慶節ポスターは8月30日に完成して各家庭・店舗に配布し、国慶節募金活動も9月初めから取り組む予定。
9月26日(日)に山下町小公園を会場として開催する国慶聯歓会は、公園内に簡易舞台を設け、2回のステージで、 横浜中華学校校友会国術団・横浜山手中華学校生徒・保育園小紅・黄河女声合唱団・茉莉花女声合唱団などが、獅子舞
・舞踊・合唱などの文芸を披露する予定。
10月1日(金)の慶祝宴会は、例年どおりロイヤルホールヨコハマを会場とし、国慶節慶祝の式典を催す。
1日午後2時から、中華街大通りを善隣門から山下町交番まで、山手中華学校生徒・中華学校校友会国術団の獅子舞 ・舞踊を中心にしたミニパレードを行う。
1日午後4時からの採青は、例年獅子4頭4チームで行っていたが、今年は5頭5チームにより新ルートで行う。5 チームはそれぞれ、関帝廟前・山下郵便局前・重慶飯店本館前・山下町交番前・善隣門を起点とし、山下町小公園を集合地として、各店舗や家々を午後8時まで巡る。
11月9日(火)に、第9回を迎える中日友好ダンスパーティーがメルパルク横浜で開催される。
「2010 中国へルーツを尋ねる旅」
北京でサマーキャンプ開催

海外華裔及び香港・マカオ・台湾地区の青少年による「2010年 中国へルーツを尋ねる旅(中国尋根之旅)」のサマーキャンプが7月25日(日)から27日までの3日間、北京で開催された。同キャンプは過去6回開催され、国務院
僑務弁公室と中国海外交流協会が実施している。
開会式は人民大会堂で行われ、習近平中国国家副主席(中国共産党中央政治局常務委員)があいさつし、参加者を歓 迎して、シンボルフラッグを授与した。
習副主席は中国政府と人民を代表し、これまでで最大規模の世界各地51カ国と香港・マカオ・台湾地区から訪れた参加者を歓迎し、「中華民族は古来より郷土を愛し、祖先を尋ねることは中華民族子女の文化的品格です。みなさまが中国に来られルーツを探すのは、祖(籍)国に対する強烈な親近感があり、体の中には中華の血が流れていることを認識し、数千年にわたり形成された中華文化を伝承し、発揮したいからです。
団結統一された中華民族は国内外中華子女の共通の「根」です。
中華の大地に統一国家が成立して以来、民族の団結と国家の統一は中華民族発展の主な流れであり、このことが理解されれば、更なる自覚をもって中華民族の団結と統一が如何に大切であるかがわかります。
5千年にわたり今日まで途切れることなく発展してきた広く深い中華文化と伝統は貴重な財産で中華子女の共有の「魂」です。これはわが民族が持つ倦まずたゆまず努力する、団結奮闘精神の支柱となるものです。
中華民族の偉大な復興は中華子女の共有の「夢」です。
アヘン戦争以降中国はさまざまな苦難にさらされてきました。しかし、新中国の成立、とりわけ「改革開放」以降は世界が瞠目する発展を遂げ、国際的地位と影響力を向上させて中華民族の子女の自信と誇りを奮起させました。中国は国際社会の中で、終始平和と共同繁栄の道を掲げ、人類文明の発展に貢献していきます。」と述べた。
6千人余の参加者を代表して、横浜山手中華学校を今年卒業した藤井佳純さんが、「中国に来る前に私の両親や先輩たちが中国のことをたくさん話してくれました。しかし、海外で生活する私たちは中国の国内事情に疎く、ルーツへの理解が不足しています。私たちは今回の機会を逃さず、積極的に活動に参加し、見聞きしたことを両親や親しい友に伝えることが出来るようにします。中国と世界の国々との友好増進に役立てるよう努力いたします。」(『中文導報』)
とあいさつした。
社団法人廣東同郷会(陸煥鑫会長)からも8名の青年が参加した。
参加者は期間中、長城・故宮・天壇や頤和園、北京オリンピックのメイン会場「鳥巣」や水泳競技会場「水立方」など、歴史文化の名勝を遊覧し、グループごとの交歓活動を行った。
最終日の聯歓会では参加者が舞踏「佤山謡」「紈扇仕女」や歌舞「我和我的祖国」の表演や合唱「我们是一家人」などを披露した。また、中国国内の大学サークルや劇団の青年も武術や舞踏、合唱を披露した。
さらに、俳優ジャッキー・チェンがビデオメッセージで「中国武芸が脈々と伝える一生懸命努力し、頑張り、自らを強くしていこうとする精神は、まさしく中華民族の真の姿です。私たち中国人はみな炎黄子弟であり、みな「龍」の継承者であり、各人はこの想いを受け継ぎ次代に伝え、さらに発揚していく責務があります。」と語り、参加者の拍手を受けた。
広東省政協の活動に参加
横浜華僑総会常務理事 朱 銘 江

広東省政治協商会議の招きで8月7日(土)から17日まで、「海外僑胞上海、山東考察団」の活動に参加しました。
過去3年にわたり広東省政協の会議に列席した10カ国13名の華僑・華人が招かれたもので、日本からは筆者(社団法人廣東同郷会副会長)が参加しました。
広東省政協では、一昨年から広く華僑・華人の「参政・議政」事業に取り組み、過去3年の間、毎年春先に開かれている同省の政協会議に、世界各国に居住する華僑・華人の代表を招き会議に列席させています。筆者も昨年の政協に「海外列席代表」の身分で会議に参加し、各国の華僑・華人代表とともに、海外居住の立場で広東省の未来像について意見を出し、政治協商の一翼を担いました。
広東省政協が今回の考察団を組織したのは、海外華僑・華人に広東省以外の今日の中国の姿を見てもらうのが目的で、選ばれた目的地が上海と山東でした。
折しも上海では上海万博が開催中、われわれも8月10日に見学しました。会場内では特別な計らいで、中国館・広東館・台湾館・イタリア館などのパビリオンには優先的に案内され、それぞれに特徴のある展示物を鑑賞することができました。中国館の動きのある「清明上河図」は実にすばらしかったですが、台湾館も台湾らしさが表現されていてとても楽しめました。
そして、パビリオンごとにお土産があるのですが、台湾館では、出口の前で台湾の凍頂烏龍茶が振る舞われ、飲んだあとの陶器の茶器はそのまま記念に持って帰ってよく、さらにその茶器を入れるための小さな布製の巾着袋もくれ、至れりつくせりでとてもよい印象を受けました。
11日に虹橋空港第2ターミナルから、中国東方航空の国内線で山東省の省都済南へ。新設の第2ターミナルは国内線にもかかわらずパスポートをチェック、写真の貼ってあるページのコードを機械で読み込みました。
山東省は環渤海経済圏の南側、済南市に到着してから、6日間に及ぶ山東省の旅が始まりました。
山東省内ではマイクロバスによる陸路の移動でしたが、平原が多く、高速道路もとてもよい状態で整備されていて移動も快適。済南、濰坊、曲阜、泰安、淄博、煙台、青島などの都市を巡りました。濰坊は「風箏(タコ)」のふるさととして知られ、毎春に世界大会が開かれています。そして、中国五岳のひとつ、名山「泰山」に登り、曲阜では「三孔」と呼ばれる「孔廟・孔府・孔林」を見学しました。
煙台では「人間仙境」の異名を持つ蜃気楼が見られるという蓬莱閣を訪れましたが、あいにくの土砂降りの大雨に見舞われ、もちろん蜃気楼は見られませんでした。煙台では中国国内では有名な「張裕葡萄酒」のワイナリーを見学したり、青島ではもちろん「青島ビール」の工場を訪ね、出来立てのチンタオビールを味見しました。
11日間にわたり上海と山東を巡りましたが、今日の中国を再認識するよい機会であったと同時に、日々変化を遂げていく中国のパワーを感じるとても充実した旅になりました。
青年祖国参観団上海
上海万博を参観、友情を深める

日本華僑華人聯合総会と華僑華人青年交流委員会が組織した日本華僑華人青年祖国参観団が、7月17日から20日まで4日間の日程で上海万博などを参観し、無事帰日した。
関東から22名、関西から27名、現地合流1名の計50名が参加、平均年齢が26・5歳と若く、初参加者が半数以上を占めた。参加者は羽田空港と関西国際空港からそれぞれ出発し上海市内のレストランで合流。レストランにて開会式をして王遵輝団長があいさつした。再会を喜び、初参加者は緊張しながらも自己紹介をするなど、和やかな雰囲気であった。
参加者は1班10人で計5つの班に分かれて行動することになっており、ホテル到着後は班毎に班長の部屋に集まり自己紹介や万博参観のルートなどを活発に話しあった。
2日目は万博会場を訪れた。会場では万博ボランティアスタッフである上海師範大学学生が各班に1名ずつ同行し共に参観し、中国館前では記念撮影をするなど班毎に交流が行われた。どのパビリオンも長蛇の列の中で、在上海日本国総領事館の特別の計らいにより青年らは日本館に並ばずに入館することができ感激しながら見学。全員で日本館を見学した後は他の館を見学したり土産を購入するなどして過ごした。夕食後に上海雑技を鑑賞。ホテルに戻った後はそれぞれの部屋で夜遅くまで交流が行われた。
3日目の午前は郊外にある水郷周荘を訪問し、遊覧船に乗ったり街を散策するなどして情緒溢れる水郷の風情を楽しんだ。午後は市内に戻り外灘・南京東路・豫園散策を行い、発展する町並と歴史ある町並の両面を見学することができた。夕食は上海市人民政府僑務弁公室からの招きを受け、倪俊南副主任と竺健平女史が出席し、倪副主任が青年の上海訪問を歓迎した。王団長が招待に感謝した後、参加者が自発的に行った「青海省大地震義捐金」を倪副主任に寄託した。会食後には、外灘ナイトクルーズを行い、美しい街の夜景と共に記念撮影をしながら最後の夜を満喫した。
4日目最終日は、早朝チェックアウトのため涙を抑えつつ別れを惜しむ者など、お互いに再会を約束し関西組は浦東空港へ、関東組は虹橋空港から帰路につき、午後無事に各地に帰着した。
4日間を通して最初はぎこちなかった参加者たちも、昼夜を問わず談笑するなど盛んな交流を通して友情を深め合い、有意義な時間を過ごした模様で、忘れられない思い出になったであろう。
(華僑華人青年交流委員会
委員長・聶先東)
茉莉花女声合唱団、 北京で公演

茉莉花女声合唱団(李香玳団長)は「拉拉隊」2名を含む22名が、8月9日(月)から5泊6日の日程で北京を訪れ、第4回世界漢語合唱大会に参加した。
この大会のテーマは「用歌声搭建橋梁、用漢語連接世界(歌声の橋をかけ、漢語で世界を繋ごう)」。1回目はタイのバンコクで、2回目以降は2年おきに北京で開かれている。主催は中国合唱協会、会場は北京音楽庁で行われた。
大会に先立ち開幕式音楽会が8月10日夕、国家大劇院で行われた。この劇場は人民大会堂の隣に新しく建築された文化芸術の複合施設で、オペラやコンサート、京劇などの伝統演劇が上演でき、巨大ドームが水辺に浮かんでいるような外観をもつ。その大きさと内部の斬新なデザインに参加者一同目を見張った。
茉莉花女声合唱団は、11日午後の第1プログラムに合唱18名で出場、「回娘家(河北民歌)」「賞月舞(台湾民歌)」「あの素晴らしい愛をもう一度」を、指揮弓田真理子さん、ピアノ王銀鈴さんで演奏した。事前の練習もしっかり行い、歌う喜びが大きかったせいか、緊張せずのびのびと演奏することができた。
応援に駆けつけた北京の知人たちは「人数が少ないので心配したが、第1声を聞いたら心配は吹っ飛んだ。とてもよかった。」と感想を述べていた。横浜中華学校6届生の商澄宋さんはじめ校友生・親戚・姉妹たちが応援の力となった。
この合唱大会に参加したのは35団体で、中国大陸の25団体、台湾の2団体と、外国から日本2団体、アメリカ4団体、オーストラリア・シンガポール各1団体。10日の開幕式音楽会と11日夕の第2プログラムを全員で鑑賞したが、出演者のレベルの高さと歌のおもしろさに一同深い感銘を受けた。
閉幕式は8月13日に行われ、入賞団体の発表があった。参加35団体中、金賞を獲得したのは3団体、銀賞6団体、銅賞9団体で、茉莉花女声合唱団は銅賞の栄誉に輝いた。
滞在中北京の気候は終始曇り、かなりの暑さではあったが、木陰はさわやかな風が吹き抜け、秋の気配さえ感じられた。
李団長がこの公演を振り返り、次のようにコメントした。
「中国の合唱のレベルの高さにびっくりしました。生活レベルが向上し、文化芸術を愛する層が増えていることを実感しました。
また祖国の歌を愛する世界各地から集まった華僑華人が一堂に会し、漢語合唱を通じて交流できたことは大変意義深いことです。おかげさまで私たちは銅賞を受賞し参加者全員が元気で帰ってきました。」 (茉莉花女声合唱団)
華文教育の「新たな100年」を目指して 20
新校舎で初めての校友聯歓会を開催、若い校友生が大活躍!

横浜中華学校校友会(謝明華会長)が主催する夏の恒例行事「聯歓会」が8月24日(火)、横浜山手中華学校新校舎6階の講堂で開催された。新校舎で初めての開催となった。
開会前には聯歓会参加者の新校舎校内見学ツアーも行われた。
午後4時、潘永誠実行委員長が聯歓会開会を宣言し、スタート。在校生獅子舞チームの玉乗り演技、在校生や国術団舞踏組による「喜慶舞」「山路十八弯」「飛天舞」「茉莉花」「蒙古舞」「孔雀舞」の舞踊、華音混声合唱団による合唱、国術団高校生チームのアクロバチックな獅子舞など、多彩な文芸が次々に披露された。
6月の校友会大会で会長に選出された謝明華新会長は、会員各位の日頃の協力に感謝し、会の活動をさらに活発にしていく決意を述べた。
潘民生校長は、新校舎を訪れた聯歓会参加者を歓迎するとともに、校舎移転拡張事業に対する校友生の協力に感謝し、引き続き中華学校に関心を寄せ支持してくださるようあいさつした。
6時過ぎには当初設営した400のいすでは足りず、急きょ増設するほどに。参加者は過去最大の650名余になり、会場内のテーブルのあちこちで、校友生が集ってミニクラス会が開かれていた。抽選会では、40型テレビや上海旅行券など豪華賞品がいろいろ用意され、当選者の歓声が会場に響いた。
今年の聯歓会会場では、紫色のスタッフTシャツを着た若い校友生の姿が目に立った。前日から通路・会場の壁や床を養生し設営に奮闘、当日は受付・案内・文芸出演、1階調理室での調理、飲食物販売や抽選会作業、片付けまで、大活躍する若者の姿が至る所で見られ、来会者は中華学校校友会の未来に明るい希望を見ることができた。
山手校舎校庭の野外パーティを惜しむ声もあるが、空調のきいた大講堂で、会場の隅まで行き渡る音響での文芸鑑賞もまたすばらしかった。
「中日友好杯」開催

横浜山手中華学校中学部バスケット部(窪野明男監督)が8月5日(木)と10日(火)、県内の中学校バスケットチームを新校舎に招き「中日友好杯」の試合を開催した。 5日は横浜市立六ツ川中学校・横浜市立茅ヶ崎中学校・大井町立湘光中学校・双葉学園中学校と本校が参加し、男子チームは本校が、女子チームは湘光中学校が優勝した。
10日は横浜市立東永谷中学校・横浜市立飯島中学校・藤沢市立湘洋中学校・双葉学園中学校と本校が試合をし、男子チームは本校が、女子チームは双葉学園中学校が優勝した。
同源中国語学校とは?
代表・楊林さんに
インタビューしました
NPO法人同源中国語学校が7月より、山手中華学校校舎1階にある国際カルチャーセンターの教室で、日曜日に、週末中国語補習教室を始めました。NPO法人代表を務める楊林さんにインタビューしました。

■(横浜教室について)クラスはいくつ、生徒は何人ですか?どのような生徒が通ってきますか?
横浜教室は日曜日に7クラスあり、初級・中級・上級クラスの全てがそろっています。生徒のレベルに合わせて、クラスを選択できます。
1クラスの生徒数は15人~20人で、現在全体で110人程度です。
生徒は5歳半から18歳までで、生徒たちの多くは川崎から大船の近辺に住んでおり、ほとんどが日本で生まれ日本で育った子どもたちです。
両親は両方中国人か、一方が中国人です。両親とも日本人の生徒はごくまれです。
■生徒や保護者のご意見、感想は?移転して中華学校校舎内にあることに利点はありますか?
生徒・保護者の感想としては、この教室は最寄りの石川町駅から近く、生徒たちの通学に便利です。設備も立派であるため、非常に満足しているようです。
利点としては、歴史があり、影響のある有名な山手中華学校の校舎を使用できることは、当校の宣伝になると思っています。このような環境を活かして、さらに当校の教育を発展させたいと思っています。
■(組織について)教室を主催している同源中国語学校は、どのような組織ですか?横浜以外に教室はどこにありますか?
最初に教室を開設したのは1995年11月で、2003年に東京都から正式にNPO法人として認定されました。
生徒数は700名以上で、教師は皆中国で教職の経験があります。現在、60以上のクラスが編成され、30名の教師を擁し、首都圏においてもっとも大きな週末校です。
本校は東京都豊島区池袋に拠点を置き、新小岩・横浜・松戸・稲毛・蕨・町田・南越谷・府中・名古屋など各地で教室を開設しています。主に華僑の子どもたちに中国語や英語・絵などを教えていますが、他にも日本人の子どもや一般人向け中国語レッスンなども展開しています。また、各企業・学校にも中国語教師の派遣を行っています。
■(教室のきっかけ)教室を始めた理由は何でしたか?最初はどのような様子でしたか?
十数年前、両親の留学に付いて日本に来て、日本の幼稚園、小学校に入った子どもたちが、だんだんと中国語を忘れ、国の祖父母と会話できなくなるのではとの親の心配がありました。また、父母が日本での留学を終えて帰国し、子どもを中国の学校へ編入させたとき、同年齢の子どもに勉強で追いつけないのではと心配する親もいました。
同源中国語教室の設立の目的は、日本にいる中国の子どもたちが中国語を忘れないようにすることです。14年間私たちは風雪に耐え、一歩一歩ステップを刻み、開校時の40名足らずから今日では700名あまりの生徒を擁するようになりました。
■週末補習教室が抱える問題はありますか?
当校では中国での教職経験のある先生しか採用していないため、先生の採用が難しいです。
■日本での華僑華人子弟の中国語教育について、考えていることは?
子弟の中国語教育に関しては、山手中華学校のような全日制の学校に通学を希望する者もいれば、週末のみ中国語を学びたいという者もいます。こうしたニーズに応えるべく当校を開設しました。
現在、グローバル化が進む中でこのような週末に中国語を学びたいというニーズはますます強くなっています。当校としてはよりいっそうこのニーズに応えるべく、精進したいと考えております。
■読者に伝えたいことはありますか?
山手中華学校の校舎を使用できるこの機会を大事にし、この百年以上の伝統ある学校の名に恥じぬように、山手中華学校とともにさらに中国語教育を発展させていきたいです。
●NPO法人同源中国語学校
ホームページ http://dougen.jp
電 話 03‐3846‐0081
ケイタイ090‐6501‐1265
新・ハローワークの窓から
22 育児休業 4月に東京都の成沢文京区長が育児休業宣言をした。それまで文京区では男性職員が育児休暇を取った前例がなく、区長自らが休暇を取ることで育児休暇をとりやすい雰囲気作りやキャリアの損失にならないことを示したかったという。それよりも何よりも素直に長男の誕生を喜び、育児を楽しみたいとのこと。
育児休業は、原則1歳に満たない子を養育するために労働者が法律に基づいて取得できる休業のことで、女性が産前産後休業に続けて取得することが多い。また、雇用保険をかけていて一定の条件を満たせば、仕事を休んでいる間の給与を補うものとして育児休業給付制度がある。男女ともに利用できる制度だが育児休業受給者全体から見ると男性の受給者は1%未満である。
前述の区長は育児のために休む宣言をしたが、一般職員とは異なる区長という特別職のため、実際は有給休暇を利用したということ。
つい先日外国人の男性から、「妻が母国で出産する。出産後、私は育児休暇が取れるので国に帰る、どのような手続きをするのか?」と問い合わせがあった。彼の会社でこの育児休業を男性が取るのは初めてのことで、確認するように言われたとのこと。本人もよく分からないままの問い合わせであったので、危うく健康保険の出産手当などを案内してしまうところだった。給付金の名称を確認してから問い合わせてくれると間違いが少ない。育児休業給付の受給資格の有無や支給の申請手続きに関しては雇用している事業主が行うので、本人がハローワークに来て行う手続きはない。男性には必要となる書類を確認して帰っていただいた。
就職する会社を選ぶときは「給与が高いところがいい」と思いがちだが、こういった公的制度の利用実績があるということや、福利厚生にも目を向けてみよう。求人票にもそれらの記載がある。多様化している生活様式の中、仕事の収入も大切だが家族との時間や自分の趣味だって大切だ。労働者を大切にしてくれる会社を選びたいものだ。
ハローワーク横浜 職業相談員 李 艶 薇
訃告:
鄭麗姫女士(本会元顧問、横浜華僑婦女会顧問、横浜中華学校11届故麦偉成氏・12届麦偉全氏ご母堂、広東省中山)10年7月31日逝去されました。享年95歳。通夜は8月3日、告別式は8月4日、中区山下町の「広東会館」において執り行われました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
劉兆斌氏(横浜中華学校1届生、1届謝金蓉女士ご夫君、20届劉信初氏・22届劉健初氏・24届劉麗姫女士ご尊父、広東省高明)10年8月7日逝去されました。享年80歳。通夜は8月12日、告別式は8月13日、川崎市の「かわさき南部斎苑」において執り行われました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
徐琴美女士(元氏名張琴美、横浜中華学校8届生、6届張承琪氏ご令妹、10届張雲琪氏・13届張秀美女士・16届張正琪氏ご令姉、江蘇省川沙)10年8月8日逝去されました。享年70歳。通夜は8月9日、告別式は8月10日、「神戸関帝廟」において友人葬で執り行われました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
任聘球女士(横浜中華学校3届「中華街有昌代表」林煜銘氏令夫人、28届林鈺燕女士・30届林志鋒氏ご母堂、広東省鶴山)10年8月13日逝去されました。享年72歳。通夜は8月17日、告別式は8月18日、中区山下町の「広東会館」において執り行われました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
葉秀英女士(本会常務理事葉鳳英女士ご母堂、江蘇省鎮江)10年8月14日逝去されました。享年91歳。通夜は8月17日、告別式は8月18日、南区中村町の「清心館」において執り行われました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
高治安氏(横浜中華学校7届、32届高蕙美女士・35届高松権氏・38届高蕙蓉女士・41届高松雄氏ご尊父、広東省中山)10年8月19日逝去されました。享年70歳。通夜は8月21日、告別式は8月22日、中区山下町の「広東会館」において執り行われました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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